勉強は教えてもらうよりも発表した方がいいかもしれない

業務上、新しいテクノロジーや知識はどんどんと増えていくばかりで覚えなくてはいけないことばかりなんだけど、それを個人が吸収するための勉強ってだれがコストを払うべき何だろう。
もちろん、別に金銭的(最終的には金銭に帰結するんだと思うんだけど)なことだけではなく、時間やそれに取り組む労力という意味のコスト。

いきなりだけど、勉強のためのコストはもちろん個人が払うべきなんだと思う。
組織で、新たにこういった事業を始めるあるいは時代の潮流にあわせてこういったことも覚えないといけないからといった場合でも「組織」がコストを負担するのではなく「個人」がコストを払っていこうとしないと、教えられてもそうそう理解できるもんじゃない。(自分の金で買わない本は読まないの法則)

結局のところ本人のやる気次第でコスト云々なんてことはものすごくどうでもいいことなんだろうけど、それはきっととても向上心豊かな人のことで、組織に属する人全てがそうだったらなにも心配することはなくて、現実には、新しいことを勉強しないといけないという焦りはあったとしても、向上心が伴わないし、ましてや自分が一歩も足を踏み入れたことのない新境地に立ち入るんだからその労力たるや、大変な物だと思う。

それを個人の向上心にまかせて、興味のない勉強をしてもらってあまりにも少ない効果が出るのを待つというのは組織が個人に頼り過ぎているような気がするのは気のせい?

では、どうすれば効果的な勉強ができるのか考えてみた。
「勉強」をしてもらうよりも「発表」を目標にしてもらって取り組んでもらった方がいいのではないんだろうか。

勉強が目的だと、高名な人から話を聞いてノートをとって「わかった気」になって終わってしまう可能性があるけれど、発表が目的なら(少なくとも建前上)人に理解してもらう必要があるので、当然自分もノートをとるだけじゃなく理解する必要がある。

ただし、ここで重要なのは自分が勉強したことを発表することが目的なので必ずしも、聴衆万人が理解できなくてもいい。もう少し言えば、聞いてもらうのは自分が発表することに興味がある人だけでいいんだと思う。(結果、聞いてくれる人0ってこともありうるけど)

「オナニーだよ、オナニー」って、声が聞こえてきそうだけど、もしかして向上心とか勉強とかって「自己満足」なんじゃないの?

そのオナニーにも似た「自己満足」を個人から解放してあげるかってとこにパワーを振り向けてやると、内容の濃い「発表」なるんだと思う。

で、「発表」のための勉強に関するコストのほとんど(資料を集めたり、セミナーに行ったり、実験したり)というのは発表する個人がコスト負担をするんだけど、組織が負担するコストってのはその個人が発表することをバックアップや許容することなんだと思う。(書籍のお金出してあげるとか、発表の時間を用意するとか、オナニー結構とか)

でも、このままだと組織が勉強してほしいことはなかなかされないのかもしれないけれどね。
そんなときはにんじんでもぶら下げればいいと思う。もちろん、にんじんは金銭的な物だけじゃないと思う。


ということで、みんなオナニーしようぜ!(違)

コメント (1)

考え方は色々あるね。

個人が成長していきたい場合は自己投資。
ある人の言葉で、「年収の5%を自分自身の成長の為に投資する。それは自分の今の年収ではなく、自分が欲しい年収の5%だ」というのがある。
自分の成長イメージを明確にする為にも必要。

そして組織。
日本の企業が従業員の教育研修のために使っている金額は平均5万。
アメリカはその倍以上。
GEは平均33万。年間1000億円の投資をするらしい。

企業と個人。それぞれの考えがあるとは思うが、成長するということに対して日本人はどん欲ではないと感じる。
その意識の変化が成功する人間とそうでない人間、伸びる企業とそうでない企業に分かれると思う。

で、traponの言う発表を行うための研修というのは一番効果的。
人間はインプットの量と同じだけのアウトプットをおこなって初めて知識と経験になる。
それを理解して研修などに取り組むとその内容が自分の中にしみこむように残っていく。

「オナニー」に引きつけられて来たのにまじめに語ってしまった!
オナニー最高!(違)