マナーについての補足と吉田さんはとても聡明な方だと思う

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新聞を広げられていやがっているのは「隣の人」じゃなくて「注意したあなた」 | trapon : experience

吉田氏の名誉の為に書いておかないといけない。

僕の書いた文章はかなり言い過ぎていたのに、それを冷静に「参考になる意見」とはとても素晴らしく謙虚な人だ。

正直、元の記事を読んで「偽善」に感じたのは確かだし、同じ事をして感じるところが違>んだなと思ったけど、元記事のような行動を先んじてとるというのはなかなか出来る事じゃない。
なかには正義原理主義的とでも言わんばかりの傍若無人な「正義感」を振り回すひともいるなかで、吉田氏は冷静沈着に対応していただき、大人だなと尊敬さえしちゃう。

吉田氏がコメントでも寄せてくれたように、僕の発言は少しあおり立てるような物言いだったので誤解を招いたのかもしれないが、吉田氏のコメントは十分に納得できる。
(むしろ、「俺をもっとたたえろ」のくだりは蛇足だったと思う。)

が、若干僕が気にし、分かってほしかった部分と食い違っていたので補足。

吉田氏の行動自体はいいことだと思うし、他の人が偽善と感じようが自分が信ずることを他人に気を遣ってできないなんてのは不幸だと思う。

僕も、電車の中で気になる人がいれば注意をしたくなるし(実際にはできてない)、人に席を譲るなど他人から見れば偽善っぽい行動をすることもある。
実際、行動を起こした直後はなんとなく気持ちいい気持ちになるので、

「こんないいことして酔っている僕」

みたいなのに、微妙な違和感はある。
が、それでもいいんじゃないかとも思う。

人にどうおもわれようが、自分のしたいことをすればいいだけだし。

「隣の人」じゃなくて「自分」

吉田氏の元記事で一番気になったのが、注意するときの一言にあった「隣の人の迷惑になりますよ」だ。

言葉の揚げ足取りといわれればそれまでだけど、友人でも知人でもない「隣の人」は注意するときには関係ないんじゃないだろうか。

あたかも

「私はそれほど感じてないんですけど、隣の人とか迷惑がってません?いや、私じゃないんですよ。だけど…」

と、いうふうに聞こえて仕方がない。

僕もこういう物言いをして、以前にこっぴどく注意をうけたことがある。

「誰がそう思ってるの?人の気持ちをくんであげてるような口ぶりで言わないで。そう思っているのはあなたなんでしょ」

と。

そのときは何でこんなに突っかかるんだ。
いいじゃないか、ソフトに言ってるんだからと、自分勝手な発想になったけどその人にとっては見え見えの誘導が自分が言い出しっぺのようにされるのが嫌なんだろうなと。

その後、自分の発言を思い返してみると、そういった

「あなたの気持ちに合わせてあげるよ」
「だけど、僕が選択したんじゃないからね」

のような、他人に決定をさせ責任を逃れているっぽい発言が多かったな。
当然、そのときはそんなことみじんも思っていなかったんだけど。

自分が行動を起こすんだったら、やはり自分が起こしたんだという明確な態度が必要なんだろうと。
それがないと、どっちつかずでそれが正しいことであっても原動力をまわりにもとめてしまっている(例えそうじゃなくても)ような雰囲気が漂って、さらに偽善的に見えるんじゃないかと思う。

以降は蛇足だけど、現代の日本人(僕も含めて)は親切を受けることになれていないんじゃないだろうか。

席を譲ったりするとよくあるのが

  • 席を譲る旨を伝える
  • いいよ、いいよと遠慮する
  • それでもと譲る
  • いやいやと遠慮する
  • 立ち上がった手前、座れずに
  • 二人とも立ってその目の前の席だけがむなしく空いている

私は声を大にして言いたい!
お願いだから、素直に受けてくれと。

でないと、あまりのバツの悪さに降りる予定もない次の駅でおりなくちゃならないじゃないか!

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コメント (1)

返信が遅れました。
 もったいないほどのエントリーありがとうございました。
私がこのブログでこの記事を書いた後、たくさんのコメントやメールをいただきました。
 大学生になった娘たちに言われますが、「非常識な人には、ちゃんと常識をもった対応をするべき」だということと、「頭に来たからといって、相手にギャフンと言わせるような対応をする癖をなくしたほうがいい」
ということを学びました。
 そう、私の心の奥底には「あたまに来た!ああいうやつはギャフンと言わせなければ辞めない」というのと、ギャフンと言わせた爽快感を味わいたいという気持ちがあるわけです。
 これが私の行動の問題の根源だと思っています。 この年になっても、なかなか大人の対応が出来ないのですが、皆さんの意見を受けて、努力していきたいと思っています。
 これからも、トラバ、コメントよろしくお願いします。
by けんじろう